異物感


今朝起きたら、左目がゴロゴロしていた。

ゴロゴロといっても、異物感を感じるというわけではなかった。
どことなく、目が痛むような……ヒリヒリとするような。
そんな、曖昧だけれど、確かな感覚だった。
今のところ、物を見るのに支障はないけれど。
大事な部分だけに、やけに気になってしまう。
仕方ないので、鏡を片手に格闘してみた。

瞼を摘まんで、持ち上げてみたり。
洗面器に水を張って、その中で瞬きしてみたり。
花粉症の時にお世話になっている、目薬も差してみた。
……ちょっぴり沁みただけだった。

なかなか手ごわいものだ。
改善されるどころか、むしろ悪化したと感じるのは、気のせいだろうか。
パチパチと忙しなく瞬きを繰り返しながら窓の外を見ると、太陽がもう昇っていた。
日が昇る前には起きたのに……どうやら、必死になりすぎたようだ。
今日が、休日でよかった。
こういうのは、ほっておけば自然に治ると……聞いたような、聞かないような。
とりあえずは、腹の虫が鳴いたので、昼食にすることにした。
何にしようかと考えながら、冷蔵庫を開けてみる。
一人暮らしの男の冷蔵庫は、からっぽだった。

結局お昼は、外食で済ませた。
最近自炊をしていない自覚はあったが……まさか空だとは思わなかった。
しかも、僅かに残っていた調味料が、賞味期限を五年も過ぎていたとは。
これで、身体は健康そのものなのだから、すごいと思った。

ネットサーフィンでもするかと、パソコンを開いてみたのだが……
どうにも、色々と見えづらい。
さっきの外食でもそうだったが、視界がぼやけ始めている。
メニューを見て、うっかり高いものを注文してしまうところだった。
ぼやけて、乱視のようにぶれるので、ゼロが増えたり減ったり。
危ないこと、この上ない。
そんな状態なので、歩きかたもふらふらしている。
何度車に轢かれそうになったことか。
外食なんてするべきじゃなかったのかもしれない。

それにしても……目が痛い。痛い上に、ぼやける。
かなり不便だ。
見えないわけではないが、見えにくい。
ある意味見えないよりも厄介かもしれない。
眼科へ行くべきなのか……? いや、ただのゴミぐらいだったら、恥ずかしい。
しかし、これ以上ぼやけても困る。明日は仕事なのだから。
何か役に立つものはないかと、救急箱を漁ってみる。

古びて、ちょっと黄ばんだ絆創膏。
おなじみのうがい薬。
半端な長さの包帯。
ラベルの剥がれた軟膏。

……まともに使えそうなものがない。
軟膏なんか、もはやどこに塗る薬なのかすらわからない。
液体の薬はないのか、液体。

  若干うんざりしながら、テーブルの上を見ると――
そこには、ひとつの洗眼薬。
コンタクトレンズ用のやつらしいが……なぜあるのか。
眼鏡もコンタクトも着用してはいないのだが。
箱を見ると。

『強力洗浄。レンズにこびりついた汚れも浮かせて落とします!』

そう書いてあった。
しぶといゴミでも、この薬ならば取れるかもしれない。
さすがに明日もこの状態では、仕事に支障がでてしまう。
薬をもって、洗面所へ行く。
専用の容器に薬を注ぎ、眼のところへと持っていく。
容器越しに見ると、かなりぼやけて見える。
顔を仰向けにして、容器の中で瞬きを繰り返す。

一回、二回、三回……四回。

ハッカとかミントが入っているのかは知らないが、スースーして気持ちいいかもしれない。
十回くらい瞬きをしたところで、容器を離す。
いい加減にゴミは取れただろう。
液体の入った容器を見ると、一円玉くらいの丸い黒いゴミ。

……デカッ。

ふと気づく。ゴミは取れたはずなのに、まだ視界がぼやけている。
薬がまだ沁みているのだろうか。
ぼけぼけの視界のまま、洗面所に付属している鏡で自分の眼を見てみた。

――夢でも見てるんだろうか。

そこには、何もなかった。

あるべきはずのものが、なかった。

鏡に映った真っ白な瞳。

そう――黒目がなかった。

自分の手から、容器が音を立てて滑り落ちた。



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