好むモノ

私は、傷口が好きだ。

刃物によって切り裂かれた傷口。
馬鹿力でちぎられた傷口。
少し膿んでしまった傷口。
そして、どんな傷口からも共通して覗く血液も、また美しいと思う。
膿と血が混ざり合い生まれるグラデーションは……最高だ。

おっと、話が血液へとそれてしまう。
修正することにしよう。血液よりも、傷口が好きなのだから。
鋭利なモノによって作られた傷口は、断面が滑らかで、とてもいい。
綺麗に切り裂かれているため、淡い桃色をした組織が良く見える。
じんわりと珠が浮かぶように、血液が滲み出してくる様はいい。
引っかき傷のように、うっすらとして傷口もよい。
血を透かし見た向こうに、組織が見える。
思わず、傷口を拡大させたくなってしまう。
無理矢理な力によって作られた傷口も好きだ。
刃物等と違い、ぐちゃぐちゃに潰れた傷口。
思わぬほど深い部分にまで達した傷口は、吸い込まれそうに美しい。
傷口を開けば、赤が黒へと変化する。
思わず、喉をごくりと鳴らしてしまいそうだ。

またも余談だが、私は包帯も好きだ。
白く清潔な包帯に、ツンとした匂いの消毒液を塗りたくる。
辺りには匂いが広がる中、赤く熟れた傷口に巻き付ける。
とても素晴らしい組み合わせだと思う。
それに、施した包帯からじんわりと血が滲んでいると――たまらなくなる。
巻き付けた包帯を、無理矢理に剥がして。塞がりかけた傷口を、こじ開けてやりたい。
そんな強い欲求に、飲み込まれそうになる。
きっと、新鮮で甘い血液の香りが漂うのだろう。
体液が滲んだ包帯も、またいい。
黄ばんで乾いた包帯などには、哀愁さえ感じてしまう。
傷口は、隠さずに、見せるべきモノだと私は考えている。
ごつごつ、ぎざぎざ、つるつる、ざらざら、ぷよぷよ。
どの傷口も、素晴らしい芸術作品に値する。
だが、一つ困ったことがある。
私は傷口を見るのは好きなのだが……痛みは嫌いなのだ。
これには、非常に悩まされている。
痛みを快楽に変化することのできる、マゾヒストなら良かったのだろうが……
生憎、それは私の性癖ではなかった。
傷口を得るためには、痛みが必要不可欠。
痛みのない傷口などは存在しない。
見えない傷口……心の傷であっても、精神的な痛みは感じる。
美しい傷口が見たくとも、痛みが恐ろしく、実行に移すことができない。
なんとまぬけなことだろう。
麻酔の使用も考えたが、それはよろしくない。
しっかりと覚醒した状態で、傷口は鑑賞するものなのだ。
局部麻酔でも、やはりよろしくない。

結果的に、他人の傷口を鑑賞するという方法に落ち着いた。
幸いというか、不幸というべきか……
痛みが好きな友人が、私にはいる。
先ほどにもあげた、マゾヒスト、いわゆるMだ。
その友人に頼み込んで、傷口を作らせてもらっている。
私は傷口を見れ、友人は痛みを受けることができる。
問題がない、ベストな関係だと思っている。
ただ、少しだけ戸惑ってしまうことがある。
最近、友人の希望が過激になってきているのだ。
首を絞めて欲しい、骨折させて欲しい。
打撲や、骨折などは、傷口が見えないから、よろしくない。
赤黒い痣がつくだけだ。
脂汗が滲むような痛みも快楽になるとは……ある意味では、興味深い。
無論、私には分かりえないことだが。
友人には、少し落ち着いてもらわなければならない。
神経が麻痺したり、死んでしまっては、痛みを感じることはできないのだと。

傷口が好きな私は、外科医になろうかと考えていた時期があった。
勉学や資金面では、なんら問題はなく、難しいことではなかった。
しかし、これは止めることになった。
治療の際に傷口を眺めていたら、患者が死亡してしまいそうだからだ。
外科医の所ならば……小規模ではなく、大規模の傷や怪我となる。
出血多量やら、ショック死の可能性が考えられる。
傷口は好きだが、殺人は好きではないのだよ。
痛みも、また然り。

紆余曲折あって、私は今、心理カウンセラーの仕事をしている。
これはとても充実していて、やりがいのある仕事だと思っている。
え? 何故カウンセラーなのかって?
ここまで話を聞いたあなたなら、お分かりだろう?





心の傷口を見ることができるからだ。