本当に死にたい?

やあ、久しぶりだね。
どうしたんだい? こんな夜遅くにさ。外は大雨が降っているのに、傘も差さないで来るなんて。
まぁ、とりあえず立ち話もなんだから、中に入ったらどうだい。

本当に久しぶりだなあ。もう一ヶ月くらい会っていなかったかな?
最近どうしていたんだい、まったく連絡をくれなかったじゃないか。
コーヒー飲むかい? 暖まるよ。ほらタオルを貸すから、そこのソファーで濡れた髪を拭きなよ。
あ、所々汚れが染み付いているけど、気にしないでね。
いつまで玄関にいるつもりだい?そのままじゃ風邪を引いても知らないよ。

はい、コーヒー。砂糖は多めにしておいたよ。あぁ、もっとちゃんと拭かなきゃ駄目だよ。
まだ髪も濡れているし、目元も濡れているじゃないか。
あれ? 君、もしかして泣いているのかい。どうしたんだい、頑固な君が泣くなんて。
高校の時なんか、何しても泣いたことなんてなかっただろうに。
……え? 死にたいって?
ええと、どうして死にたいんだい? 泣いているばかりじゃわからないじゃないか。
彼氏に振られた? それくらいのことで君は死にたくなってしまうのかい。情けないなあ。
自殺って――なに、君もしかして、自殺の相談をしに僕の所へ来たんじゃないだろうね……
……泣きながら頷かないでもらいたいなあ……
ほら、とりあえず鼻かんだらどうだい。ゴミは、キッチンのゴミ袋に入れてくれよ。
え? 生臭いって? 当たり前だろう、生ゴミを入れたばっかりなんだから。

ちょっとは落ち着いたかい? 君、三十分くらい泣いていたね。それで、さっきの話だけど。
本当に君は自殺したいのかい?
たった一人の男に振られたくらいで? 世界中には何億何千人もの男が存在するのに?
ちょっと……痛いからぶたないでくれる。悪かった、僕が悪かったから。でも本当のことなのにね。
で、君は自殺の何を相談しにきたんだい? というか何故僕の所に来たのか、非常に気になるんだけど。
詳しそうだからって……君は僕を何だと思っているんだい。心外だなあ。

どんな方法で自殺すればいいかって?

そうだねえ。例えば……飛び降り自殺とか、一酸化炭素中毒とか、睡眠薬とかかな?
どうして止めないのかって?
本人が死にたいと言っているのに、他人の僕に何ができるのさ。
君は自殺を止めて欲しいから僕の所に来たんじゃないんでしょう。
薄情者。酷いなあ。だったら来なければよかったんじゃないのかい。
まったく。
他には、ホームに飛び込んでみるとか、車道に飛び出してみるとか。あぁ、首吊りっていうのもあったかな。
古い方法だと……ハラキリとか? 笑いものにしかならなそうだけれどね。
……何、綺麗に死にたいの?
はあ。あのね、君は何か勘違いしていないかい?

死っていうのはね、綺麗なモノなんかじゃないんだよ。

よく、世界が汚れているとか、醜いとかっていうよね。死ぬことによって浄化がどうのこうの。
そんな所に居たくない、生きることなんてイヤだって。
だから、綺麗に死のうって。
死にはね、綺麗も何もないんだよ。ただ、無があるばかりさ。
一筋の光も差さない、誰もいない、空虚な無音の世界。
そんな所に誰が好きで落ちていくものか。綺麗でも何でもない、ただの暗闇なんだよ。
今頃。綺麗だと信じて自殺した奴はきっと思っているよ。
自殺なんかしなければよかったってね。。別に自殺を止めろといっているわけじゃないよ。
ただ、君が死を綺麗なモノと思っているようだから――
せめて死んでしまう前に、知っておいてほしかっただけだよ。
君が言う綺麗は、どの綺麗なのかはわからないけれどね。
体の形を保ったままの、綺麗な死に方なのか。それとも、死そのものを綺麗と錯覚しているのか。
どちらにせよ、僕はどうでもいいんだけどね。

綺麗な死に方の方? 人に迷惑をかけたくない?

うーん。難しい要求をしてくるね、君は。
そもそも、綺麗って時点で無理だよね。迷惑かけたくないっていうのも。
どんな方法でも必ず血は流れる……あ、薬系はでないか。 でも、醜く腫れ上がったり、変色したりするかもしれないよ。

例えば、飛び降り自殺。
鳥になるんだ、とか。自由になるんだ、とか。楽になれると思って飛ぶよね、勢いよく。
何が鳥になるなんだろうね。実際は、潰れたヒキガエルじゃないか。
道路にぐしゃっと張り付いて、醜いったらありゃしないよ。
運が悪いと、人や人様の車の上に着地したりもする。
飛んだ方も、車の中の人もお陀仏だよ。
それに、飛んですぐ意識がなくなるわけじゃないんだよ。
ものすごい速度で落ちていく中、風景を眺めているんだ。
目は瞑ってたり、開かないかもしれないけど。
さらに面倒だと、地面に激突した後も意識がある。
中途半端な所から飛び降りると、たぶんそうなるかな。
すごく痛いよねぇ。頭なんかスイカみたいに割れたり、腕なんて曲がってるのに生きているなんて。
いっそ、脳でも心臓でも踏み潰してくれって叫びたいよね。
痛覚が麻痺しているならいいけど、無事なら悲惨だよ。
痛い痛いって思ってるのに、声はでないし、視界は霞む。口の中には鉄の味だらけさ。
助からないだろうに、病院へ運び込まれて。
何時間ももがき苦しんだ後、ようやく死ぬんだ。
それとも、痛くて苦しくても、死ねるって喜んでいるのかな?
僕には理解できないね、死にたがりのことなんて。意見を聞く気もないけどね。
もちろん、人に迷惑はすごくかかるよ。
飛び込みも同じような感じかな。
駅のホームなら、確かに即死する可能性は高いだろうけど……その後が問題だね。
駅員さんや、警察は大変だ。バラバラ死体を集めなきゃならないんだから。
そのせいで、電車の運行はストップするよね。
急いでいる人、仕事で忙しい人、学生。
みんな君のせいで遅刻をしてしまうんだよ。
何処の誰かも知らない、飛び込み自殺をした人のせいで……ね。
ほら、迷惑かかってるでしょう?

え? 首吊りはどうかって?
あれはあまりオススメはしないな。迷惑は何だってかかるんだから、省くよ。
あれはね、死ぬまでに時間がかかりすぎるんだよ。
早く楽に死にたいなら、拳銃で頭でも撃ちぬいたほうが手っ取り早いよ。
妙に詳しいって? 基礎知識にすぎないよ。
首が縄やら紐やらで絞められて、血液や酸素が届かなくても、すぐには死なないんだ。
呼吸困難な状態がしばらく続く。
まして、首吊りは絞殺と違って、自分の重さで絞めるだろう?
首はギリギリ絞められ、視界は霞む。
血管が切れて、血の味がするかもしれない。汗もたくさんかく。
青黒く腫れた舌が、だらりと口から垂れ下がるんだ。
ほら、まったく綺麗じゃないだろう?

睡眠薬? う……ん。あれはどうなんだろう。
意識がすうっと薄れていくのかな。 眠るように? それとも、何か苦しいのかな。
僕は自殺なんてしたことないから、よくわからないや。
中毒系はやめたほうがいいよ? 煙とか、蒸発したのとか使うんだから。
万が一、君の部屋のドアが開いたままだったら?
ゆっくり、少しずつそれは外に漏れるだろうね。
実家とかだったら、家族が死ぬよ。
マンションとかでも、巻き添えを食らう人がいるよ。
君が迷惑をかけたいと思うのならば、やめておいたほうがいいよ。

ねえ、本当に君は死にたいのかい?
一時の感情じゃないのかい? 生きたいといいながら死ぬ人だっているのに。
それなのに、何故君は死を望むのかな。 人はいずれ、死んでいくよ。
君にはまだ時間はたくさんある。
どうして死に急ぐのかわからないな。……やっぱり。
死にたがりを手伝ったこともあるのに。わからないよ。

僕の祖母なんだけどね、昔はとっても元気だったんだよ。
運動が好きで、とにかく動くことが好きな、活発な人だった。
その祖母がね、病気になったんだ。 それも、もう治らない……末期。
見つけたときには、もう手遅れの状態。
開こうが、投薬しようがどうにもならない状態。
それからの祖母はね、変わったよ? 最初の数ヶ月はね、まだ元気なんだ。 自分で動いたりもできる。 でもね、その後が大変なんだ。
体の痛みは薬で抑えられるけれど、動かなくなるのはどうしようもないんだ。
リハビリをしても、筋肉は削げ落ち、硬くなっていく。
ふらふら歩いて、転んで、骨が折れる。 大きな痣ができる。
動かないし、しゃべらない、まるで人形みたいに。
食べたり飲んだりもしなくなるんだ。 無理にすると、喉につまらせてしまう。
それだから、トイレにも行かないんだよ。 生理現象すら起きなくなるんだよ。
そのうちには、舌も麻痺してきて、痛いっていえなくなる。
僕は祖母が何を考えているのか、まったくわからなくなった。
元気だった祖母の面影は薄れていって――
よどんだ瞳の、しわくちゃの祖母が記憶に刻まれていくんだ。
もう昔の祖母は思い出せないんだ。思い出せるのは、しぼんだ祖母だけ。
今では、もうそれすらも思い出せないよ。 確かに、祖母はそこにいたはずなのにね。
不思議と思い出せないんだよ……悲しみが残るだけで。

祖母は、嘆きながら、悲しみながら死んでいったよ。
元気な頃から想像しただけなんだけどね。
生きたいと願いながらも、死に飲み込まれたんだ。
本当に君は死にたいの? もう一度だけ聞くよ。

本当に――君は自殺して、死にたいの?

君の――その瞳。それは何かを決意したときと同じだ。
たぶん、僕が何を言っても聞かないんだろうね。
君は、生きることを望みながらも、死に喰われた人がいると知っても。
死は綺麗でもなんでもない、ただの虚無だと知っても。
他人に多大な迷惑をかけると知っても。
君は、死を自分で選択するんだね。
他にも、道や選択肢はあるのに、何故死に飛び込んでいくんだろうね。
そんなに男が好きだったの? ちょっと妬けるな。
何度死を見ても、やっぱり解らないな。僕には一生わからないよ。

……それなら、君に会うのも最後になるのかな?
君がこの後、どこかで自殺するというのなら。
それなら、僕が君に最後のプレゼントをあげるよ。

――君を殺してあげる――

え? 迷惑になるからいいって? 大丈夫だよ。
僕は慣れているからね。
迷惑がかからなければ平気でしょう?
死にたがりの君に、僕が死を送ってあげる。

ちょっと、何で後ずさるんだい。
何……遠慮する?
あははっ。笑わせないでくれないか、まったく。
君は今まで散々自殺したいと言っていたじゃないか。
死にたいんでしょう? さっきもそう答えたよね。
他殺は嫌だ? そんな戯言は却下するよ。
僕は迷惑がかかるとは感じていないんだよ。
ソファーの汚れを拭って、君の死体をゴミ袋に詰め込んで。
あ、死体にちょっと悪戯でもしちゃおうかな。とにかく。
部屋を掃除すればいいだけのことさ。
綺麗には殺してあげられないかもしれないけどね。

君は死にたい、僕は殺したい。

ほら、君と僕の利害が一致しているよ。
これなら君も安心して死ねるでしょう。
ん? ああ、君の勘は当たっていたことになるね。ふふっ。すごいなあ、女の勘って。
何、また泣くのかい? 君も忙しいねえ。
いまさら逃しはしないよ。
言っただろう? 死にたがりの言うことなんて聞かないってね。
分からず屋?
そうさ。僕は死にたがりの君が何を考えているかなんてわからないよ。
僕が知っているのは、人殺しの快楽だけだよ。
君はどんな方法で殺してあげようか。
ああ――大丈夫。苦しまないよう、すぐに楽にしてあげるよ。
君は特別だからね。君は知らなかっただろうけど。
なんたって、僕の親友だもの。

さあ、そろそろ時間だよ。

忘れてはいけないよ。君は自分で死を選んだんだ。
僕が強制したわけじゃない。我侭は言ったけど。
僕はただ、手伝ってあげるさ。
君はきっと、暗闇の中でこの選択の重さを知るだろうね。

それじゃあ、僕から君への――最初で最後のプレゼント。

受け取ってもらえるかな?


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