誓いのくちづけを


放課後の静かな教室
今だけは、俺と彼女だけの二人っきりの世界。
彼女は、開け放した窓から夕暮れを見ていた。
俺は彼女の隣で、一緒に夕暮れを眺めていた。
長い漆黒の髪が、時折風に吹かれてふわりと揺れる。
彼女の髪から、柔らかな香りが流れてくる。

月明かりが彼女を照らすとき。
夕暮れが彼女を染めるとき。
朝日が彼女を照らすとき。
とても彼女は美しくなる。

眩いばかりに光り輝いて見える。
そう……大げさだけど、女神様みたいに見えるんだ。
だけど、俺は女神様みたいだから、彼女のことが好きなんじゃない。

彼女の存在そのものが――愛しいんだ。

困った顔、不安そうな顔、怒った顔。
笑った顔、泣いている顔、楽しそうな顔。

どれもすべて愛しい。
どれもすべて彼女なんだから、当然だけれど。

言葉でどれだけ「愛してる」って伝えても足りなくて。
俺は体で、表情で表現するんだ。愛してるって。
その度に彼女に笑われてしまうんだ。大げさねって。
そんな微笑すら見れて嬉しいと感じる俺がいる。

大げさだって、オーバーだて、何だって構わない。
だって、彼女を愛している。
それが、俺の嘘偽りのない気持ちなんだから。
心が、身体が叫んでいるんだ、愛してると。
大好きと、愛しているは違う。
似ているけれども、言葉にしたときの重さが違うんだ。
だから、伝え間違えてはいけない。
ときに、悲しい結末を生んでしまうから。

前に流れてきた髪を掻き揚げる。
そんな仕草でさえ、いとおしくて。つい微笑んでしまうんだ。
そんな俺を見て、彼女もまた微笑む。
ああ、なんて幸せな世界。

でも、俺は知っているから。
この幸せな世界は、ほんの些細な事で壊れてしまうって。
一瞬の決断が運命を分けるって。
俺達は時間っていう大きな流れのなかの、ちっぽけな一粒でしかないから。
だから、逆らうことができないこともあるのだと。
手を離してしまったら――陽炎のように揺らめいて消えてしまうのだろう。
そして、きっともう会えない。
俺が壊してしまうかもしれないし、彼女が壊してしまうのかもしれない。
他人に壊されてしまうのかもしれないし、死に壊されるのかもしれない。
俺は、彼女は、とても非力な存在だから。
時の流れには、人は逆らえないのだから。

俺が明日いなくなってしまうかもしれないし、彼女がいなくなってしまうかもしれない。
お互いが喧嘩をして、嫌いになって、別れてしまうかもしれない。
世界では、何が起こっても不思議じゃあないんだから。
きっかけは、いつでもすぐそこにあるんだから。
理不尽なほど、強引に巻き込まれてしまうこともある。
俺から、災難に飛び込んでしまうこともあるかもしれない。

それでも、俺は彼女を守る。
一見カッコよさそうに聞こえるけど、大したことじゃない。
ただ、彼女の傍にいるだけさ。

危ないことがあったら、守ってあげよう。
悲しいことがあったら、何も言わずに抱きしめてあげよう。
嬉しいことがあったら、ただそっと髪を撫でて微笑もう。
眠れぬ夜があったら、静かに子守唄を奏でよう。

一人寂しいときは、俺が手を握ってあげよう。

俺一人じゃ、どうにもならないこともあるかもしれない。
特別なんて持たない俺には、無理なこともあるかもしれない。
俺が何をしても、結末が決まっていることも。
でも、俺は諦めない。
無駄だと判っていても、最後まで守り通そう。
彼女が離れてしまうとしても、傍にいられる最後の一瞬まで。
駄目でも、ぎりぎりまでは足掻いてみせる。

これを――人は無駄な行為と呼ぶのだろうか。

無駄かどうかは、当事者達が決めるんだ。
他人に口出しされる筋合いはない。
意味があると思えばあるし、ないと思うのならば、無意味。
誰もが同じ。

砂時計の砂が零れ落ちるように、水が流れるように――
時は静かに、ただ過ぎゆく。

俺はその長いけれども、刹那の時間の中で、彼女に寄り添おう。
苦しいことがあっても、悲しいことがあっても、彼女を一人にはしない。
俺が支えてあげる。

それが、俺の彼女への誓い。
約束なんだ。

彼女といつまでも一緒にいられますように。

それは俺の願い。

永遠なんて存在しないけれど、彼女なら永遠を見せてくれるかもしれない。

それは俺の希望。

さあ、この想いを、この誓いを、この願いを。
彼女に伝えよう。

やさしい……くちづけと共に。

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