終夜




 彼女の関節を狙うと、彼女は地面へとゆっくりと倒れた。
 そして、そのまま動かなくなった。
 歯車は破壊していないから、まだ壊れてはいないはずだ。
 関節は壊したから、動くことはできないだろうけど。
 近づいてみても、彼女の瞳は動かなかった。
 どうやら、視覚が機能していないらしい。
 そのまま、遠い昔の約束を呟いてみたが。
 それでも、何の反応もなかった。
 聴覚も、機能していないのか。
 彼女と僕。
 どちらが、あの約束を破ったのだろう。
 彼女は、最後に何故ありがとうと言ったのだろう。
 あの言葉は、僕に向けてなのか、私に向けてなのか。
 あるいは、そのどちらでもないのか。
 あの機械人形が何を考えたのか。
 それを、知ることは永遠にないのだろう。
 知る権利は、ないのかもしれない。
 ふと頬に冷たさを感じた。
 空を見上げると、大粒の雨が降ってきた。
 珍しく曇っていたけれど、降るとは思わなかったな。
 僕は屈み込んで、彼女の紅い歯車を取り出した。
 ――歯車を持ち帰って、どうするのかは、決めていない。
 でも、これを壊すつもりはなかった。
 誰にも、壊させやしないよ。ルイにも。
 彼女が裏切るから。約束を、破ってしまうから。
 自業自得なんだよ、ルナ。きっと。
 僕のために、踊ってくれると言ったのにね。
 ……雨が、本降りになってきた。
 雨に打たれる、彼女の抜け殻を見下ろす。
 紅い紅い、硝子球の瞳。
 その綺麗な色は、もう何も映さない。
「そろそろ、戻りましょうか」
 一人、声に出して呟く。
 返事は、当然なかった。
 明日からは、一人で依頼をこなさなくてはならない。
 懐かしむのは、今この場だけ。
 僕はゆっくりと事務所へ向かって、歩き出した。


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